毅然とし、それとなく。

気まぐれでありつつ適当に書き記す。

【東方小説】東方刻奇跡 36話「愛憎」

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 一方、霊夢魔理沙は。
 紫と本気で過激な弾幕勝負を繰り広げ、昼間かと見間違えるほどの眩い光が周囲を包んでいた。
 子を身篭っている魔理沙霊夢のサポートに身を任せ、激しい動きは極力避けていた。
 霊夢が札を投げ、隙を作っては紫に向けてマスタースパークを放つ。紫が弾幕を放ったならば、ミニ八卦炉で弾幕を相殺し、霊夢の活路を見出す。
 見事なまでの連携であった。だが、魔理沙のその動きはやがて鈍くなっていった。体力的に、というのもあるのだがもっと別の大切な心配事があったのだ。
 霖太郎――。
 霖之助との息子、霖太郎を一人にして香霖堂を飛び出してからもう何刻も経っている。ましてや今は夜だ。寂しがって一人で泣いているかもしれない。そう考えると気が気ではなかった。
 そんな様子を見兼ねた霊夢魔理沙を連れて、紫の弾幕をかいくぐり、死角である岩に隠れ、静かに耳打ちをした。
「……心ここにあらずって感じね。あんた、どーせ自分の子供が心配なんでしょ」
 そう見抜かれて、思わず魔理沙は息を飲んだ。その様子に、霊夢は笑みを浮かべた。
「行きなさい。ここは私一人でも十分だから」
「でっでも!お前、相手は紫だぞ……!!」
 思わず身を乗り出して問い詰めようとした魔理沙霊夢は制止して、静かにかぶりを振った。
 大丈夫だから、と。戦ったことのある相手だから平気だ、と。笑みがそう伝えているような気がした。
「ぶっちゃけあんたのことを支えながら戦うの大変だから一人のほうが楽なんだけど」
 魔理沙は漫画のようにこけそうになって踏みとどまった。マジかコイツ……まあ、それが霊夢らしいといえば霊夢らしいんだけど……。
 呆れながら霊夢のほうへ笑みを返していると、隠れていた岩が破壊されるとともに弾幕の群れが襲い掛かってきた。二人はそれを飛んで避けたが、位置が悪かったらしく霊夢との距離が離れてしまった。
「隠れてるくらいならおとなしく負けを認めたらどうかしら」
「隠れているつもりもないし、負けるつもりもないわ。ましてや何も考えずに人間を消そうとする無能にはね」
 霊夢はいつもの口調で紫を煽り、気を引いた。すると、霊夢の瞳だけこちらを向き、アイコンタクトしてきた。
「言うようになったのねぇ……巫女といえど所詮人間。私の思考など理解することは出来ない」
 ここは、あいつの言う通りにするしかないか――すまない、ありがとう霊夢
 そう手の仕草で小さく伝えると、音を立てないように後退りをして、ある程度離れたところで踵を返して走り出そうとした。
 走り出したが故に。
 向き直すこと無く片手のみを魔理沙に向けて放たれた紫の弾幕に、気付くことは出来なかった。
「ッ魔理沙!!――く!」
 霊夢は叫び、スペルカードを発動しようとしたが、背後から取り押さえられた。そこにいたのは、八雲紫の式、八雲藍であった。
 呪縛から逃れようと霊夢は抗うが、力が強く中々引き剥がせない。すると、藍は霊夢に何かを耳打ちした。何を言われたのか、霊夢の動きは止まってしまった。
 放たれた弾幕魔理沙が気がつくのは、もう避けるには間に合わない距離であった。
 魔理沙は眼を見開く。
「え……うわ――」
 ――爆発。とともに鈍く、耳を突くような不快な音が周囲に鳴り響いた。
「ああ……そんな……嘘でしょ、魔理沙!!!」
 我に返った霊夢が悲痛に叫ぶ。紫は、妖艶に微笑む。藍は、何故か苦い顔をして俯く。
 弾幕は、魔理沙に直撃した。その場にいる誰もがそう思っていた。しかし。






「……紫様、何をしてるんですか。こんな真夜中に」
 黒煙が消えると、魔理沙の前には妖夢が立っていた。間一髪の所で弾幕を相殺したのだ。
「おま、妖夢……!?なんでこんな所に!?」
「ちょっと風に当たりにきたのよ。こんなに音を立てて弾幕勝負していれば、誰でも気がつくわ」
 剣を構え直した妖夢が、紫を睨みつけたまま背中の魔理沙に顔を向けず告げた。紫は、少しだけ焦りの表情を浮かべていた。
妖夢……その様子だと、幽々子が消滅したことに気がついているようね。良い機会だから教えてあげる。幽々子を消したのは早苗よ。そして、霊夢魔理沙はその早苗に協力している。これで判ったでしょう。彼奴らはあなたの敵よ!」
 そして、早口でまくし立てた。それを聞きながら、妖夢は奥歯をかみ締めつつ一層強く睨みつけた。聞く気はない、という雰囲気が露骨に出ていた。
「私は何が正しくて、何が間違っているのか……今は判りません。ですが、きっと幽々子様ならこうするだろうって……そう思ったんです」
 真っ直ぐな瞳に、紫はうろたえる。
「――最後まで、早苗を信じたいんです」
 妖夢は、そう告げた。すると、藍が突如呻き声をあげて倒れこんだ。美鈴とパチュリーが加勢に加わり、霊夢を藍の束縛から引き剥がしたのだ。続けざまにやってくる味方に、魔理沙の表情は自然と明るくなっていた。
パチュリー……美鈴……!!」
「全く情けない。博麗の巫女とあろうものが一体何をやっているの。レミィが見たらどう思うのかしらね?」
 束縛していたものがなくなって、霊夢は膝をついた。続けて、軽口を叩くパチュリーを少し睨みつけた。
「少し油断していただけよ。私だって人間なんだから、こういうこともあるわ」
「はいはい」
霊夢、さっきは明らかに動きが止まっていたわ。何があったの?」
 美鈴からの質問に、霊夢は苦虫を噛み潰したような顔をした。ゆっくりと立ち上がり、パチュリーと美鈴の方向を向いた。
「教えられたのよ、藍に。紫の考えていることを。断片的に、だけど」
 余りにも曖昧な言い方に、二人は首を傾げてしまった。その様子を見ていた魔理沙は、ふと自分のやるべきことを思い出した。
魔理沙、行っていいわよ。ここには私と霊夢、それにパチュリーと美鈴もいる」
 それを察したかのように、妖夢が優しい顔で言ってくれた。迷わずに、踵を返した魔理沙は走り出した。
「すまない――助かる!!」
 そうして、魔理沙香霖堂へと向かった。

********

 走り去った魔理沙を見て、紫は更に苛立ちを覚えた。
 どいつもこいつも、何故思い通りにならない。幻想郷が滅んでもいいのか。
八雲紫。今のあなたは少し浅はかすぎる。もう少し自分の行動を見つめ直しなさい」
 紅魔の魔法使い風情が偉そうに告げる。浅はかなのはどっちだ。私の今までの苦労も知らずに。
 私が、どんな行動を起こしてきたのかを知らずに――。


‐紫‐****

 本当は、五年前の段階で感づいていた。
 これは普通の異変ではない。面倒で、複雑に絡み合っている。故に大きな行動を起こせなかった。
 守矢――もとい、東風谷早苗が深く関わっていることは判っていた。だが、調べようとする度に何か強大な力に阻まれてしまう。この力は……人の祈り、願い、想い――所謂信仰が何らかの作用によって変換されているようだ。
 それらが全て東風谷早苗に集結し、彼女自身の力として身についている。それだけならまだ良かった。
 彼女は自分が強大な力を持っていることを知らない。だから、その力を制御出来ていない。結果、常時微量の力を身体中から放ち続けていた。するとどうなるか。
 触れた物……生命あるものは全て彼女の力として吸収されてしまう。樹木や水……人や妖怪の魂でさえも、何もかも。力が集まれば集まるほど、吸収出来るものは増えていく。
 実際、彼女は無意識に自分の神である八坂神奈子洩矢諏訪子に集まる信仰を吸収し、消滅させてしまった。何故『吸収』してしまうのかは、判らなかった。
 彼女の能力である『奇跡』と何か関係があるのだろうか。いずれにせよ、このままでは幻想郷が危険だ。
 更なる調査をすべく、私は守矢神社――跡地――へと向かった。
 赤子の東風谷早苗が発見されて数日ほど、守矢神社は野次馬でいっぱいであった。だが、やがて『関わりたくない』という気持ちが強まったのか、誰一人寄りつくことは無くなっていた。
 私が向かったのは、野次馬が訪れなくなった直後だ。
 いつものようにスキマで移動すると、神社の様子は少し廃れ、寂れてしまっていた。だがそんなのは関係ない。幻想郷が危険ならば慈悲はない。
 私はまず、神社の至る所に弾幕を飛ばし、破壊しつつ周囲を警戒した。外観にはそれらしい痕跡が無いことを確認し、中へと入ろうとした。しかし、それは叶わなかった。
 突如、眼前に弾幕――御柱と鉄の輪が飛んできた。言うまでもなく、そこにいたのは八坂神奈子洩矢諏訪子であった。
「あら――あなたたち、消えたんじゃなかったんですの?」
 何食わぬ顔で告げた。よく見ると、身体の節々が消えかかっている。恐らく、姿を保つのもやっとなのだろう。
「早苗には手出しさせない……!!あの子は何も知らないのよ!!!」
「知らないから、と言って全てが許されるわけではないわ」
 神奈子が険しい面持ちで叫ぶのを、冷たい眼差しで返した。美しい家族愛と言ったところか。滑稽だな。いや……神様と人間なんだから、家族と括るのは馬鹿らしいか。
「お前が危惧しているようなことにはならないよ。早苗はもう――何もかも忘れたから」
 諏訪子が悲しそうな瞳のまま告げる。
「果たして本当にそうかしら。せめて調査くらいはさせてほしいのだけれど」
 歩を進めようとすると、二人が行く手を阻んだ。
「……早苗のためにも、ここから先へ進ませるわけにはいかないわ。それに、ここを調べてもお前が今持っている情報以上のものは得られない」
 そう告げる神奈子の眼には、嘘をついている様子はなかった。ただ純粋に、東風谷早苗を守りたい一心が強く浮き彫りになっている。
 そんな見苦しい愛が、ふと自分の幻想郷を愛する気持ちと重なった。だから私はその言葉を信じ、自然と身体を翻し、無言で姿を消した。

 ――結果どうなったか。数年の時が経つにつれて早苗の封印は解かれてしまった。恐らく、二人の神にとっても想定外の事態が起こったのだろうが……一時の情に任せた私が愚かだった。こうなった以上こちらも対策のために行動を起こすしかない。
 私は、行動を起こした東風谷早苗の許へと訪れその生命を奪おうとした。
「……東風谷早苗、ね。悪いけどあなたには消えてもらうわ」
 案の定、東風谷早苗は身構えた。自分でも少し唐突だとは思ったが、これから殺す相手と真面目に話す気など毛頭ない。少々のやり取りの後、私は全力で弾幕を放った。直撃すればただではすまないほど強力な攻撃だ。
 東風谷早苗に回避する間を与えず弾幕が直撃した。……だが。東風谷早苗は無傷だった。
「まさか……もうそこまでだというの!?」
 思わず口に出してしまうほど私は驚いていた。予想よりも早く東風谷早苗の力が進行している。
 すぐさま東風谷早苗から姿を消した私は、再び調査を続ける為に何人かの刺客を用意しようとした。本来ならば、私自身が殺しに行けば良いものだろう。だが、調査が何よりも最優先だ。調査しないまま東風谷早苗の生命ばかり狙えば、今度はこっちの身が危ない。幻想郷への脅威を憎む気持ちを抑えつつ、私は冷静に行動するしかなかった。
 まず最初の一人。数時間後、紅魔館の主とその妹が仲違いによる自滅をした。偶然だが、これは利用出来る。私は夜が明けない内にフランドールの遺体を回収し、すぐさま改造を施した。
 もう既に冷たい状態であった。機械的に動ける駒が出来れば良い。時間はかかるが、強引に蘇生させるように藍に指示した私は、次の行動へと移った。
 氷精の湖を訪れた私は、どれほど時を遡ればいいのか――遡る気も失せてくるほど前の出来事を想起していた。
 私の誤解で、一人の賢者が消滅したことがあった。調査せずに安易な選択をした私が消したのだ。その際に、その賢者が自分の娘である『チルノ』を妖怪から妖精へと変貌させていた。
 賢者には悪いが、これも利用することにした。今チルノを妖精から妖怪へ戻せば、彼女は憎しみの心でいっぱいになるはずだ。その心を利用して私の駒にするのだ。
 その為に、わざわざ城の封印を解いてまで誘導した。本来はそんなこと不可能なのだが、賢者の力が少しだけ遺されているのを感じ、それを上手く使った。
 もちろん、その場に東風谷早苗がいることを知っていたが、敢えて手出ししなかった。ここでチルノに倒されてくれれば、手間は省ける話だ。妖怪としてのチルノの力は強大だ。容易に倒せるものではない。
 そのはずだった。チルノ東風谷早苗のみならず、下級妖精と同等の力しか出ていなかったのだ。その下級妖精は、何やらチルノにしがみついては自分もろとも封印した。
 大切な戦力だ。止めるべきだったかもしれない。だが、恐らくチルノ東風谷早苗に触れ、強大な力の大半を奪われてしまったのだろう。そうなったならばもう使い物にはなるまい。
 そう考えた私は、他の有意義な行動を取ることにした。人里へ訪れては、徹底的に東風谷早苗の邪魔をするように仕向けた。

 数日後、フランドールの改造はほとんど完成した。まだ実戦をしていないので、テストも兼ねて私は東風谷早苗を襲った。
 まさかそこに、幽々子の召使である魂魄妖夢もいるとは思わなかったが、関係ない。
 戦闘を開始して数分後、案の定フランドールは東風谷早苗の言葉に揺らいだ。
「まだ調節が甘いようね、この試作品は」
 無感情にそう告げると、東風谷早苗が激昂した。幻想郷を守る為の尊い犠牲と考えれば気持ちは楽でしょうに。
 調節の為に再び私は東風谷早苗の前から姿を消した。それとともに、東風谷早苗が言っていた『大切な人』という言葉から連想し、一つ思いついたことがあった。
 外の世界から、東風谷早苗の親友を連れてくるのだ。いずれ利用出来る時が来るだろう。そう考えた私は、すぐさま東風谷早苗の親友を幻想入りさせ、そこら一帯へ野放しにした。
 まさかすぐ東風谷早苗と鉢合わせになるとは思わなかったが――これはこれで一つ出来ることがある。
 そうして私は、博麗神社に訪れ霊夢に会った。霊夢には、異変を感じても行動しないように引き止めてあった。現段階で博麗の巫女に死なれては困る。
 私は霊夢に隠し事をしていた。その真実を伝え、絶望させた瞬間に術式をかけ、思い通り動く駒にした。これで二人目だ。
 すぐさま二人目の駒には東風谷早苗の親友を攫わせた。読みどおり、東風谷早苗霧雨魔理沙霊夢を追って香霖堂を飛び出した。
 少しばかり離れた場所に誘導しようとしたが、何やら二人が道中で厄介ごとに巻き込まれていた。その様子を窺いに向かうと、下級妖怪が大きく叫んでいるのが見えた。
 所詮は戯言――と聞き逃そうとしたが、どうしても聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「人間は全て……この手で殺してやる」
 普段ならばそんな言葉を聴いても何とも思わない。だが、今の私にとっては苛立たせるには十分であった。思わず私は姿を現し、呟いた。
「――人間を皆殺しなんてした暁には、私があなたを殺すわよ」
 そしてすぐさま下級妖怪を気絶させた。苛立っていたのももちろんだが、この憎悪の心は利用出来る。
 すると、東風谷早苗があの時と同じように激昂し、霧雨魔理沙は困惑しているようだった。――丁度良い、今が好機だ。
 私はゆっくりと姿を消し、代わりに霊夢と早苗の親友の姿を現せた。
 そして、霊夢に早苗の親友を殺させた。
 東風谷早苗は絶望し、膝から倒れこんだ。入れ替わるように、今度は魔理沙が激昂し、箒に跨って霊夢に突撃し、そのまま上空へと飛び出していった。
 霊夢のほうはもうどうでもいい。そう考えた私は、東風谷早苗を殺すための結界を張る準備にかかった。
 強大な力を覆うほどの結界だ。作り出すには相当な時間が必要になった。

 結界が完成した頃、東風谷早苗は真実を知り絶望していた。
 ならば慈悲も兼ねて最期は楽にしてやろう――そう思った。
 だが彼女は、幻影に何を教えられたのか……再び立ち上がることを決意した。その上どうやったのか呪縛から抜け出した霊夢魔理沙がやってきた。
 何故だ。何故思い通りに動かない。私の思考は、既に冷静さを欠き、自分でも何をしているのかよく判らなくなっていた。
 幻想郷を愛するが故に、東風谷早苗を憎み、殺す。例えたくさんの犠牲を払ってでも。
 邪魔する者は許さない。

******


 紫は、これまで見たこともないほどの怒りを露わにしていた。正直、驚いている。
 驚いたままの霊夢に、美鈴とパチュリー妖夢が駆け寄った。
「それで、藍は何を言っていたの?」
 パチュリーの言葉に、霊夢ははっとなった。これだけは伝えなくては。
「今の紫は……悪意なんてもの少しも無いそうよ。ただ純粋に、幻想郷を愛し、それに仇なす者を憎んでいる。このギリギリの状況下のせいで、余計にそれが強まったみたい。あれはもう、自分が何をしているのか判っていない」
 微笑みつつ、言った。
「……『だから、紫様を止めてくれ。あの人のあんなに苦しむ顔は、もう見たくない』だって。言われるまでもないっての」
 霊夢は一歩前に出て、紫と相対し強く睨みつけた。背後にいる三人もそれに続いた。
「今からあんたを止める。良い悪いとか、細かいことは全部無し。幻想郷が幻想郷であるために!」
 憎悪に顔を歪めたままの紫を真っ直ぐ見つめ、霊夢は叫んだ。
「――覚悟しなさい!!」







To be continued…