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毅然とし、それとなく。

気まぐれでありつつ適当に書き記す。

【東方小説】東方刻奇跡 35話「獣の哭き声」

東方刻奇跡まとめへ戻る









 更ける夜を頭上に早苗は、森の上を飛んでいた。しばらくして、背後から爆発音や眩しい光が響いてきた。紫と霊夢魔理沙弾幕ごっこが始まったのだろう。
 今更振り向く訳にはいかない。二人の為にも、早苗は突き進むしかない。
 ……とはいえ、これからどうすればいいのか。皆目見当がつかない。もう一度守矢神社へ向かうべきなのか……いや、駄目だ。あそこに戻ればまた信仰を吸収してしまう。
 早苗が行かずに他の者に調査を頼むという手もあるが……こんな状況じゃ、誰が味方で誰が敵か信用ならない。霊夢魔理沙は今紫と戦闘中。
 となれば、今は後回しにするしかない。まだ調べられる場所はある。ゆっくり調べていけば良い話だ。
 ――尤も、そんな時間があれば、の話だが。
 浮遊しながら立ち止まって、腕を組みながら悩んでいると、そんな早苗を見上げる人影が地上にいた。
「降りて来いっ!!東風谷早苗!!」
 早苗とそんなに変わらない――早苗は5年分年齢が飛んでいるので同年代とは言い難いのだが――年齢と思われる若い男の怒号に驚いた早苗は、ゆっくりと降下して地に足をつけた。
「あなたは……?」
 見覚えのない人間――のはずだが、どこかで見たことがある気がする。弾幕ごっこで遭遇したわけでも、人里で早苗の説法を聞いたことがあるわけでもなさそうだが、何故か男は憎悪を露わにした表情を浮かべていた。
 早苗が何かをしたのだろうか。そうならば、何時、何処で?
 状況を把握しきれない早苗が首を傾げていると、男の表情は更に怒りを増した。
「お前が……お前が父さんを殺した……!」
 男が袋からナイフを取り出すと、早苗は思わず身構えた。
 それとともに、男の発言で察した。早苗が自らの奇跡の力に気付かない頃、この子の父親とやらに気付かず触れてしまっていたのだろう。
 早苗は拳を握り締めた。やはり、知らないところで誰かの生命を奪っていたんだ。
 だが、何故彼はそれを知っている?疑問を感じた早苗は、口を開こうとするが、男の怒号により遮られた。
「ちょ、ちょっと待ってくださ――」
「忘れたとは言わせないぞ!!真実を知ってるとか言ってた妖怪から聞いたんだ、五年前の宗教戦争の最中に、どさくさに紛れて父さんを殺したって!!」
 早苗は眼を見開いた。五年前のあの日と言えば――買出しの最中に早苗にぶつかった男性がいた。彼の息子だったのか……触れてすぐに倒れなかった辺り、当時はまだ奇跡の力が微弱だったのだろう。
 神奈子は比較的早い段階で私を封印しようとしてくれたのか――最期まで、何も出来なかったから。
 そして今目の前に立つ彼は、この真実を八雲紫から聞いたのだろう。わざわざこんなことするのは、最早八雲紫ただ一人だ。実際、彼は今早苗からある程度の距離を置いている。触れたら死ぬということも、既に聞かされているのだろう。
 こんな状況なら、言い訳など通用しないし、言えることも一つしかない。
 そう考えて、早苗は一息ついてから深々と頭を下げた。
「……ごめんなさい。本当に」
 素直に告げた。
 男は困惑している。だが、今の早苗にはこうするしかなかった。
「今更……今更謝るなら、何で父さんを殺したんだ!!!!返せよ!!返してくれよ!!父さんを……お願いだから……」
 今にも泣き叫びそうな声と表情で、ナイフを突きつけながら男は叫ぶ。
 それを聞いた早苗はゆっくりと頭を上げて、片手を胸に――心に置いて、切なげな瞳と安らかな表情で告げた。
「いますよ。あなたのお父さんはここに……ここにいるんです」
 男は大きく眼を見開く。すると、喉が張り裂けそうになるほどの大声を上げた。
「……ふざけるなッ!!そんな冗談!!」
 ナイフを構え、男はこっちに走り出そうとしたが――それは突如鳴り響いた爆発音で遮られた。
 その音は、霊夢たちがいる方向からではなかった。この方角には……人里。
 人里からは、夜を明るく照らすほどの強く赤い光も見えた。異変が起こっているのは明確であった。
 嫌な予感がした早苗は、男のことなど忘れて人里に向けて走り出した。どうやら男も人里が気になるらしく、遅れて走り出した。



 人里は、激しい炎に焼かれていた。煙が鼻につき、猛る炎は眼に焼きついてくる。
「そん、な……」
 早苗は思わず咳き込んだが、次の瞬間暖かい感覚に包まれて先程まで早苗に振りかかっていた不快な感覚はあっという間に癒された。それを感じた早苗は少し奥歯を噛み締めた。
 ……癒すべきなのは私じゃない。
 あるいは、早苗の身体は人柱だから無くすわけにはいかない、だから自然と奇跡が守ってくれているとは考えられないだろうか。――だとしたら、なんて皮肉なんだ。
 そんなことを考えていると、燃え盛る人里を背に、浮遊する人影があった。
 ――いや、あの人影は。そんな、まさか。
 早苗は眼を見開き、幾度と無く見てきたその姿の正体を叫んだ。
「フランドールさんっ!!!」
 フランドールの顔面は、操られていた霊夢と同じ仮面が装着されていてその表情は読み取れなかった。
 しかし、早苗にはなんとなく分かる気がした。彼女はもう、何も感じていない。
 現にこうして、人里を襲うことで早苗を誘い込んでいる。犠牲がいくつ出るかも分からないままに。
 八雲紫の出した術式が『早苗を消すこと』だとするならば、恐らくフランドールはその目的の為ならばどんなことでもするように制御されたのだろう。
 なんてことを――。
 紫自身もここまでやるとは想像していなかったのかもしれない。フランドールの力を軽んじていた可能性がある。
 でも、こんなの、あんまりじゃないか。何にも関係の無い人たちが死んでいくなんて、理不尽すぎる。
 早苗は静かにゆっくりと左拳を握り締めた。
 許せない。
 憤りを隠せずにいる早苗は、更に拳を握り締め、フランドールを睨み付けた。
 だがその憤りは、無理にでも押し止めるしかなかった。何故か。フランドールは悪くないのだから。
 この感情の矛先は、八雲紫に向けるべきだ。何故か。彼女の誤算で生まれてしまった惨劇がここにあるのだから。
 そう考えると、早苗は人里とは違う方向へと一目散に走り出した。
「こっちへ来なさいっ!」
 狙いは早苗。ならば、これ以上犠牲を出さないようになるべく人のいないところへ行くしかない。
 森の中を駆けているが、不意に背筋に悪寒が走った。
 振り向くと、フランドールの右手が握り締められようとしていた。フランドールの能力は、『あらゆるものを破壊する程度の能力』。その掌を使えば、どんなものでも破壊出来る。人里でも、――人の生命でも。
 考えてみると、この能力は今の早苗の状態と大差はなかった。
 早苗が寂しげに笑みを零しそうになると、フランドールの掌はきゅっ、と握り締められた。すると、眼前に小さく紅い光が現れた。向かってくる光を早苗は触れないように小さく避けた。
 そこから、大きな爆発が発生した。
「きゃああっ!」
 距離が近かった早苗は大きく仰け反り、吹き飛ばされて木の幹にぶつかった。傷は――もちろんなかった。
 あれがフランドールの力なのだろうか。だとしたならば、早苗はそれを視ることが出来るようになっていたのか。自身の奇跡の力で。
 そんなことを考えていると次々と光が襲い掛かってきた。それを前転で回避しつつ、フランドールの視界から外れるように草木に隠れた。
 …………。どうする。
 何か方法はないのか。フランドールに触れないように止める方法が……。
 様子を探りつつ思考を廻らせていると、フランドールに近寄る人間の姿があった。さっきの男だ。
 驚愕した早苗は、止めに入ろうと立ち上がったが、次の瞬間フランドールの様子がおかしいことに気がついた。
「ウぐッ……グギ、グ、ググググガアアァアアアアアアァアッッッッッ!!!」
 そして、信じられないほどの雄叫びを上げた。その雄叫びが響くとともに、フランドールが装着していた仮面にもヒビが入り、轟音の影響でそのまま砕け散った。
 露わになったフランドールの表情は、憤怒・憎悪・哀愁――そんな負の感情が爆発させながらもがき苦しんでいる様子であった。
 ……まさか。
「拒絶反応……!?」
 早苗は無意識にそう呟いていた。きっと強引な改造の影響だろう。無理に蘇生させられた魂と改造された肉体が拒絶しあい、結果としてフランドールは暴走状態に陥ってしまった。
 無差別に攻撃を仕掛けかねない。そう思った早苗は男に向かって叫んだ。
「逃げてくださいッ!!」
 フランドールの異様さに、男は動揺を隠さず動かなかった。早苗は再び大きな声で叫んだ。
「早く!!!もう誰にもいなくなってほしくないんです!!!」
 ようやく早苗の声が届いたのか、男ははっとなり踵を返して逃げ出した。幸い、フランドールは男の存在に気付いていないようだった。
 やがて、フランドールは歩を進めた。その方角は、男が逃げ出した方向だった。歩む速度は遅い。先回りして男に忠告しなければ。
 早苗は音を立てずに移動を始めた。



 少し先に進むと、男は木に腰掛けて小さくうずくまっていた。
 それを見つけた早苗は、ゆっくりと近づいて声をかけた。
「……さっきの妖怪がこっちに向かって歩いて来ています。気付かれる前に移動しましょう」
 そういうと、男は突然拳を地面に叩きつけた。
「なんなんだよッ!!突然人里は焼かれるし、よく分からん化け物に襲われそうになるし、その上復讐相手には助けられる!!もうわけわかんねえよッ!何が……どうなってんだ……!」
 大粒の涙を流し、男は叫んだ。早苗は、それを見ていることしか出来なかった。
 ――私に、言葉をかける資格はない。
 遺憾とともに、先程抑えた憤怒が再び蘇ってきた。
 フランドールは悪くない、だが破壊の要因はそれだ。八雲紫は今ここにいない。なら、もう抑えきれないどこにこの感情を向ければいいのか。
 頭が混乱して、何がなんだか分からなくなってくる。
 早苗が湧き出る感情に身を震わせていると、遠くからなにやら6人程度の人間たちが走り寄ってきた。
「おい!無事か!!」
 その中の一人の男が、うずくまる男に声をかけた。どうやら人里の人間で、この男と面識があるようだ。
 しばらく会話していると、次の瞬間、男たちが早苗を睨んだ。
「……やっぱり、お前は人間にとって害悪な存在なんだな!あの妖怪の言う通りに!!」
 それを聞いた早苗は、顔が少し歪んだ。
 ――ああ。そういうことか。八雲紫はもう、既に村人全体にまで手を回していたんだ。
 ゆっくりと奥歯をかみ締める。
「――私は、害悪なんかじゃありません。その方のお父さんを殺してしまったのも、過失だったんです」
「嘘をつけ!この疫病神が!!」
「人殺し!!殺人犯!!」
 何も言い返せない。いかなる理由があろうとも、事実であることに変わりはないから。
「でも……私は……私は……!」
 その場にいるのが辛くなって、思わず耳を塞ぎながら踵を返した。
 もう逃げ出してしまいたかった。そう思った矢先に。
 振り向いた先には、フランドール。それを見た早苗は、耳を塞ぐ手をゆっくりとぶら下げ、眼を大きく見開かせた。
 ――しまった。眼前の出来事に気を取られて……!
 そう思った瞬間、フランドールは此方へ向かって走り出した。反射的に早苗は防御姿勢を取った。
 そして、フランドールは、



 早苗を通り過ぎた。



 背後には、村人。



 ――――ッッッッ!!
 早苗は驚愕の表情で振り返ると、フランドールは一人の村人を狙い撃ちしていた。
 あんな近距離でいながら早苗を判別出来ないなんて、極度の暴走状態に陥っている!
「た、助け――ッッウワアアアアァァアアアアアァ!!!」
 一人の男が、フランドールの能力によって内側から弾けた。辺りに血飛沫が噴出す。
 草木にこびりついた紅い血を見て、思い出さずにはいられなかった。
 親友の惨状を。
 トラウマを思い出したショックで、早苗の身体はガタガタと震えだす。その間にも、村人たちは襲われていた。
「――く……っ」
 か細い声しか出ず、動けなかった。精一杯涙を堪えつつ、拳を握り締めた。
 もう、加奈ちゃんのような惨劇は繰り返したくないのに、どうしてこんなことばかり。もう良いじゃないか。誰も傷つく必要なんかないのに。
 そう考えだすと、身体の震えが徐々に止み、悲しみが怒りへとなって迸り始めるのを感じた。塞き止められずに湧き出てくる愛憎は、完全に早苗の感情を抑えることが出来なくなったのを意味していた。
 足が勝手に動く。もうフランドールしか眼に見えない。許せない。許せない許せない。
「……もうッ……やめろぉぉぉぉおおおお――――――――ッ!!」
 大きく叫んだ早苗は、全速力で駆け抜け、フランドールに殴りかかった。
 瞬間。





 オネエサマ……





 フランドールが動作を停止した。声が聞こえた気がした早苗はふと我に帰り、フランドールの頬に触れる一歩手前のところで拳を止めた。
 しかし、全力を込められた拳の威力は凄まじく、暴風かと見間違えるほどの風圧が発生した。それに抗えなかったフランドールは吹き飛ばされ、一本の木に叩き付けられた。
 驚愕の表情のまま、早苗はゆっくりと握り締めた拳を解いた。
 今、彼女は何と言った?
 呼んだはずだ。「お姉さま」と。聞き間違えるはずがない。
 そう考えた早苗は倒れこむフランドールに駆け寄ると、耳をそば立てた。
「お……ネエ……さ、ま……」
 ……聞き間違いなどではなかった。フランドールは八雲紫の呪縛を自力で解き放った。やはり、どうあがこうとも死人を蘇らせることなど不可能なのだ。八雲紫は、不完全なまま完成させるしかなかったのだろう――。
 早苗は安堵からか、自然と笑顔になっていた。しかし、その笑みはフランドールの発言で再びかき消えることになった。
 フランドールは、虚ろな瞳で、早苗も、夜空も、世界ですらも、何も見ていなかった。小刻みに震えている身体は、見ていて痛々しかった。
「オネえサマ……さくヤ……ごめンナサイ。わたシ……間違えちゃった。皆と一緒にいたいだけだったのに……」
 そのどこも見ていない瞳から、大粒の涙が幾ばくも流れる。まるで、その瞳にはレミリア咲夜が映っているかのようだった。
 ただひたすら、その姿は哀れだった。もう、彼女らはどこにもいないのに。仮にフランドールが元に戻れたとして、どうやって生きていくのだろう。帰る場所はあっても、大切なものが欠落した場所だ。確かに、紅魔館だって、パチュリーだって、美鈴だって、フランドールにとって大切なものだろう。だが、レミリア咲夜はもういない。何よりも大切なものを失った以上、フランドールは耐えていけるのだろうか。
 そんな苦しみを味あわせるくらいなら、いっそこの手で――。
 早苗は、ゆっくりと自分の両手を動かしてフランドールに触れた。
 すると、これまでにも何度か味わった感覚に襲われた。身体に力が溢れてくるような感覚。加奈に触れた時、霖之助に突き飛ばされた時、チルノに触れた時、西行妖に触れた時。たくさんたくさん、味わった。今なら理解出来る。
 よく知っている感覚だからこそ、嫌になる。
 黒幕は早苗自身だったんだ。追い求めていたものは、自分自身。
 その真実を再び感じさせられた早苗は、奥歯を力強く噛み締めた。
「……何も出来なくて、ごめんなさい」
 生命を助けることが出来ない自分の無力さを痛感させられた。だが、泣いてる暇も、立ち止まっている暇もない。
 もう諦めない、絶望しないと決めたんだ。だから、突き進むしかない。
 早苗に力を奪われ、完全に生気を失ったフランドールが動くことは二度となかった。
 周囲を見ると、村人たちの死体が転がっていた。
 遅かったか……私が迷ったばかりに。
 早苗は、立ち去る前にフランドールと村人たちの遺体を埋葬した。
「……この罪は、いつか必ず――」
 それだけ呟いて、早苗は再び歩き出した。


 必ず、終わらせる。






To be continued…


チルノに関しては死ななかった理由がちゃんとあります。設定忘れてたとかでは決してないです。