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毅然とし、それとなく。

気まぐれでありつつ適当に書き記す。

【東方小説】東方刻奇跡 32話「空虚なキオク」

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 時は魔理沙霊夢を掴んで上空へと躍り出た直後まで遡る。
 そんな二人を見ようともせずに大きく眼を見開いたままの早苗は、目の前に転がる加奈だったものを見つめていた。地面に膝をつき、座り込んで脱力しながら。
 加奈ちゃん、が………違う。そんなことは有り得ない。有り得ないんだ。
 早苗は頭を抱えて横に振った。しかし、眼前に広がる現実は変化することは無かった。
 ああ………加奈ちゃん……加奈ちゃん、加奈ちゃん加奈ちゃん加奈ちゃん加奈ちゃん加奈ちゃん加奈ちゃん加奈ちゃん加奈ちゃん加奈ちゃん加奈ちゃん加奈ちゃん。
 もう、そこにはいない。
「あ゛あ゛……ッッ」
 唐突にそんな現実が襲い掛かってきたように感じて、早苗は尋常ではない呻き声をあげた。今の早苗には、信仰のことなど欠片も頭になかった。
 一体私はどこで間違えてしまったのだろうか。どうして無関係であった加奈が今私の目の前で横たわっているのだろうか。
 そんなことを考えながら、早苗は加奈の頭に触れた。触れた瞬間に伝わった微かな温もりが、現実をより一層強く表しているように感じた。
 それを持ち上げて、早苗はゆっくりと抱き締めた。
 すると、なにかこれまでに感じたことのない感覚が襲った気がした。……感じたことの、ない?いや――何度も感じたことがあったような……?
 刹那的にそんな思考が巡ったが、深く考える余裕なんてものは今の早苗には無かった。
 そのまま、抱き締める体勢のまま、静かに、早苗は瞳を閉じた。
 視る事をやめ、聴覚だけに身を委ねると、静寂な空間に包まれていることがよく感じる。
 静かな世界。それは、少しだけ加奈が隣にいるような――そんな気がした。


 早苗ちゃん!


 名前を呼ぶ声が響いた。ゆっくりと瞳を開くと、そこには親友の残死体も、辺りに飛び散る血飛沫も、暗く暗黒な世界も無く、ただ古ぼけた鳥居と――その先に神社があるだけだった。
 そしてそこには、二人の幼い少女。
 考えるまでもない、この場所は、この時間は、幼い早苗と加奈が守矢神社で遊んでいる光景を表していた。
 ここは、夢。過去の記憶。今は記憶の中だけの存在となった、加奈との記憶。
 夢の中で早苗は、過去の記憶を客観的に見ている状態に陥っていた。
「小さい頃は、私がいつも連れ回してたんだっけ……懐かしいなあ」
 早苗の自由奔放な性格は幼少時も同じであり、彼女の尽きない好奇心とともにそれは存分に発散されていた。神社にやってきてはお参りをしたり、山の中や森の中、洞の穴にまで探検をしに行き、挙句の果てには帰りが遅くなって両親に迷惑をかけることもあった。だが加奈もまた好奇心が旺盛だったので、多少危険でも面白いことをたくさん知っている早苗についていくのだった。
 二人が親友になるのにはそう時間はかからなかった。
 すると――……眼前の景色が変わった。
 そこには早苗の家があった。家の玄関から飛び出した幼い早苗は、すぐ傍に諏訪子がいるのを見つけた。
 なんだか、久しぶりに見たような気がする。……それも当然か。
『あっ!すわこさま!』
『うひひひ、早苗ぇ~、またあの子に会いに行くんだね?』
 諏訪子が狡賢そうに笑うと、幼い早苗は頬を膨らませた。
『なんですか!べつにいいじゃないですか!ふーん!ふーんだ!』
 その様子に諏訪子は今度はあっさりと笑った。
『あはは、冗談だよ。友達と遊ぶのは良いことだ。精一杯遊んできな……ほら、来たみたいだよ』
 諏訪子の言葉に早苗たちは家の敷地の入り口を見ると、そこには笑顔の幼い加奈が立っていた。
『さなえちゃーん!むかえにきたよ!』
『あっ!かなちゃん!』
 ぱああ、と笑顔になると、幼い早苗はすぐに幼い加奈の下へと駆け寄った。
『またかみさまとおはなししてたの?へびのかみさま?』
『ううん!かえるのかみさま!すわこさまっていうんだー!』
『そうなんだー!いいなあ、さなえちゃんだけうらやましいや!」
『えへへへ……じゃ、行こう!』
 幼い早苗が、照れくさいのか頬を赤くしながら頭を掻いた後、二人はまたどこかへと駆けていった。
 たった二人だけでも……凄く楽しくて、幸せだったんだと、早苗は強く思った。
 そんな中、自分勝手である早苗を嫌う人間も当然の如く存在していた。その早苗の思考を読んだかのように、再び景色は白く靄がかかり、それが晴れると違う風景がそこにあった。
 これは……小学4年生の頃だろうか。少し小さめのどこにでもあるような教室と、たくさんの小学生――見知った顔だ――と、先程見た時より幾分か成長していた早苗と加奈の姿があった。
 あまり、思い出したくない出来事であった。
『オレ見たんだよ!東風谷のやつ何もないとこ見て笑いながら喋ってるの!』
『大体、他人には見えないものが見えるとか意味わかんねーよ!気持ちわりー!』
 数人の男子児童が、早苗に寄ってたかって嫌がらせをしていた。当時が分からなかったが、よく見るとクラス全体が腫れ物を見るような瞳で早苗を見ているのが分かった。
 当時は、今思い出すとかなり変わっていたと自分でも思う。無邪気であったから止むを得ないのだが――そんなことを考えていたが、早苗は今の自分自身も十分他人とズレていることに気付いてはいなかった。
 すると、一人の男子が早苗のことを強く突き飛ばした。
『痛……何するの!』
 小学生の早苗は、自分自身が他人とは違うことにコンプレックスを感じてはいなかった。だから、突き飛ばされる意味が理解出来なかったのだ。
『やめて!!早苗ちゃんは何にも悪いことしてないよ!!』
 すぐ傍にいた加奈が仲裁に入った。ああ、そうだ。いつもこうして、助けられてきたんだ。彼女に。小学生の頃までは特に何も思わなかったが、自分のこの力の異常さを感じ始めてから、自分はずっと加奈に助けられていたことを理解したのだった。
 元々無邪気で明るい性格であった早苗は、加奈がいなくとも平気だったのかもしれない。だが、友達という心温まるものに触れることはなかっただろう。
 本当に、有難う、加奈ちゃん――
 気がつけば、周囲は惨状があった森の中。早苗は夢から覚めていた。早苗は抱きかかえていたものをゆっくりと置いて、自分自身の掌を見つめた。
 そこには、血。大切な親友の血。それを見て早苗は、再び絶望した。
「神奈子様も諏訪子様もいないのに、加奈ちゃんまで……私、一体どうしたら……」
 記憶が戻ってから惨劇ばかりを目撃してきた早苗は、とにかく心の拠り所が欲しかった。だが、大好きだった人たちは今、ここにいない。
 早苗は加奈の遺体を埋めて、森の上空へとゆっくり飛び上がった。
 魔理沙はどこへ行ったのだろう。霊夢と二人で平気なのか――と思考を巡らせかけたが、他人を心配している余裕は当然なかった。
 どうしたらいいのかわからない――信仰を集める。どうして?二人の神様を復活させるために。それに意味はあるのか?ある。家族を取り戻したい。この気持ちに罪はないはずだ。
 とにかく、今は何もしたくなかった……………。早苗はゆっくりと瞳を閉じかけた、が。
「うらめしやっっっ!!」
 背後から突然大声で驚かされて、完全に油断していた早苗は大声で吃驚してしまった。反射的に振り向くと、そこには――いや、こんなことをするのは一人しかいないから分かりきっていたのだが――唐傘お化け、多々良小傘の姿があった。
「えへへへへ!どう?驚いた?」
「どうして――……」
 小傘は満足そうに笑った。その無垢な瞳に、早苗は驚くばかりだった。すると、
「待ちなって小傘!どうせ驚いてもらえ……な…………」
 遅れてやってきたのは、数日前に香霖堂を襲った封獣ぬえだった。
「あなたは!……どうしてここに」
 ぬえは、少しだけばつが悪そうな顔をしながら早苗から顔を逸らし、眼を合わせようとはしなかった。一人だけ何も知らない小傘は笑顔のまま早苗とぬえを交互に見ていた。
 しばらくすると、小傘は早苗に向かってまぶし過ぎるほどの笑顔を浮かべたまま、告げた。
「なんだか久しぶりに驚いてもらえた気がするよ!ありがとう、早苗!」
 ありがとう。
 そんな単純な感謝の言葉が耳に響いた瞬間、視界がじわりと歪むのが分かった。無意識に、早苗は小傘を抱きしめていた。涙を溜めた瞳をゆっくりと閉じながら、優しく。
 小さな言葉だった。でも、嬉しかった。早苗は忘れていた。大好きな人は、この幻想郷にやってきてもたくさん出来ていたのだと。
 早苗を助けてくれる人たちはたくさんいるのだと――……
「小傘さん……ありがとうございました。あなたの驚かせ方は、常識に囚われていないほどに凄い。おかげで元気を取り戻すことが出来ました」
 逆に驚かされてしまっているのか小傘は、何も言わずに硬直していた。
「ふふ、なんだか意外だなあ。まさか小傘さんに助けられるだなんて――まあ、小傘さんも喜んだみたいですし、これが『うぃん・うぃん』ってやつですかね?」
 なんだか希望が沸いてきた。二人の神様のために頑張ろう、と思えるような気がしてきた。ここで一つ閃いた早苗は、抱きしめるのをやめて小傘の顔を見た。
「そうだ!小傘さん、守矢神社に信仰、し、ません、か……?」
 早苗は、笑顔でそう告げようとした。


 しかし。


 見つめた小傘の顔は驚いたまま硬直しており、瞳には、光が無かった。

 え……?

 それを見てうろたえた早苗は思わず小傘を掴んでいた手を離してしまった。支えがなくなった小傘は、そのまま脱力して森の中へと落ちていった。

 明らかに、生気が感じられなかった。死んでいたのだ、小傘は。

 どうして?私は何もしていない。何もしていない、はずなんだ――。

 早苗が動揺していると、更に動揺を隠せないでいたもう一人の妖怪がいた。ぬえである。
 ぬえは小傘が落ちていった方向を見ながら今にも叫んでしまいそうな表情を浮かべていた。次に、早苗を強く睨みつけて、距離を詰めたぬえは早苗の胸倉を思い切り掴んだ。
「お前……小傘に何をしたっ!!私への復讐のつもりか!?そんな理由なら、ふざけるのも大概にしろ!!」
 ぬえの怒号が辺りに響く。よく見ると、瞳には涙が浮かんでいた。きっと、彼女にとって小傘は、大切な存在だったのだ。早苗にとっての加奈と同じように。だからこそ、何も言い返せなかった。
「小傘はっ……小傘は私の……私の、大切な――」
 言葉は、そこで途切られた。プツン、と糸が切れたようにぬえの瞳から光が消え去り、脱力して森の中へと落ちていった。
 ――――!?
 早苗は眼を大きく見開いた。そして、自らの掌を見つめた。
 自分に触れた瞬間に、ぬえは倒れた……?でも、私は何もしていない……。




「何も、していない……私は、何もしていない……のに……」
 意味を成さない空虚な掠れた言葉だけが、ぽつりと静かで暗い空に響いた。






To be continued…


あとがき
最終章突入直前です。やっと出来ました。(前回から実に三ヶ月近い)
ここから物語は加速していきます。早苗の身に何が起こっているのか??
ご期待ください。