毅然とし、それとなく。

気まぐれでありつつ適当に書き記す。

【東方小説】東方刻奇跡 33話「穢れた真実」

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 無意識だった。
 身体は妖怪の山へ――かつての帰るべき場所、守矢神社へと動き出していた。
 早苗の知らない隠されている真実を知りたかったのか。眼前の出来事を否定したかったのか。あるいは、そのどちらでもあったのかもしれない。
 小傘とぬえが死んだ。自分に触れただけで。
 今、自分の身には何が起こっている?自分は何を知らないのだ?そして――それはいつから?
 心の混乱は止まず、気持ちの整理がつかなかった。今はただ、知るために翔けるしかない。
 五年前の自分であれば、好奇心に任せあちこち寄り道をしながら歩いていたものだが、今はどんなものにも目が暮れなかった。
 見るまでもない。
 そう、早苗は幻想郷に存在するものをそれほどまでに見慣れ、生活に馴染んだものだと思っていた。
 しかし、二人の生命を奪い――自らの身に異変があるのを気付き始めた途端、その思いは急速に遠く離れていった。幻想郷の住人に対する親近感とともに。
 早苗はもう戻れないところまで足を踏み入れてしまっている気がした。全ては守矢神社に託されている。
 気がつくと、早苗は妖怪の山まで辿り着いていた。それまでの時間はまるで瞬間移動したかのように一瞬のように感じられた。
 立ち止まっていると、麓の警備を担当しているらしき白狼天狗が油断しきった表情で目の前を通り過ぎた。
 やがて早苗の存在に気がつくと、身体が小さく跳ねてすぐに引き締まった顔をし、両手に持った武器を構えた。しかしそれはすぐに、疑問を浮かべた表情へと変化し、徐々に恐ろしいものを見たような表情へと変貌していった。
 身体を強張らせた白狼天狗は、急いで身体を翻して山へと登っていった。
 分かっている。恐らく五年前の出来事を引き摺っているのだろう。どうせ何を言っても聞く耳を持たないと考えた早苗は、真っ直ぐに妖怪の山頂上へと飛んだ。



            最終章 楽園





 そういえば、と早苗は山を翔けながら思った。
 記憶が戻ってからは妖怪の山に訪れたことが無かった――だからこそ警備の白狼天狗に驚かれたのだが――気付かない内に避けていたのかもしれないし、心の隅で目的を達成し、成長するまでは帰らないと考えていたからかもしれない。
 今思えばそれは誤算であった。もっと早くここに訪れていれば犠牲は起こらなかったのかもしれないのに……。
あやや……報告は本当だったようですね……」
 突然耳元から声が聞こえた。反射的に背後へ下がると、そこにいたのは射命丸文だった。普段ならば何食わぬ顔で挨拶出来るのだが、今の状態ではそんなこと出来るはずがない。
「あ、文さん……だ、駄目……来ないで、私に近づかないで……!!」
 早苗は頭をゆっくりと振りながらがくがくと震えてそう言った。触れればまた、生命を奪ってしまう。
「……その様子だと、故意でやっている訳ではないようですね」
「え……」
 文のその言葉に早苗は硬直した。知っているのか?早苗に起こっている現象を?
「教えてください!!私の身体に、何が起こっているんですか?!」
 早苗は文に触れないように一定の距離をとりながら問いかけた。しかし、早苗の淡い期待とともに出た痛烈な問いは、すぐさま文の返答によって砕かれた。
「私――もとい、天狗らは何も知りませんよ。むしろ皆あなたが異変の黒幕であり、その現象も故意に起こしたものだと考えています」
 それを聞いた早苗は一気に血の気が引いた。黒幕……?私が……?
「そんな……そんな馬鹿な!!どうしてそんな結論に至ったのですか!!」
「少し前に、八雲紫がやってきたんですよ。そしてこう言い残していきました。『東風谷早苗は生命を奪う力を手にした。それによってやがて幻想郷中は滅ぼされる。消滅したくなければ東風谷早苗討伐に協力せよ』……ってね」
 記憶が戻ってから嫌というほど脳裏に廻らされた単語が聞こえた瞬間、早苗は思わず苦虫を噛み潰したような顔をした。
 八雲!また八雲か!!一体何がしたいんだ――と叫びたくなったが、この現象を知った今では、何故これまでしつこく襲ってきたのかが分かってしまう。だから何も言えなかった。
 それよりも、今告げたことが本当ならば、つまり文は――。
「……私を、殺しに来たのですか」
 思わず一歩引き下がる。距離を取っているとはいえ相手は幻想郷最速の足の持ち主だ。この程度の距離難なく一瞬で詰めるであろう。
 そんな早苗の予想とは裏腹に、文はゆっくりと溜め息を吐いていて敵意などは感じられなかった。
「話は最後まで聞いてくださいよ。素直に八雲紫の言いなりになるなんてそんなの天狗のプライドが許さない――と言いたいのですが、幻想郷が滅ぼされるとなれば癪ですが言う通り動くしかないのでしょう。……今、この山は貴方の敵でいっぱいです」
 それを聞いて早苗は顔面を蒼白させた。そうか、だから先程の白狼天狗は血相を変えていたのか……。すると文がしかし、と付け足した。
「私は貴方を襲いません。信じていたんです、幻想郷を愛する者たちの一人であった貴方が滅ぼすなどと考えるはずが無いと。そして先程の貴方の様子を見て、それは確信に変わりました。……ま、八雲紫の命令に従うのが気に入らないっていうのもあるんですけどね」
 それを聞いて、早苗は心が温まるのを感じたが、それでは不味いことに気がついて文に問いを投げかけた。
「でも……それじゃあ、天狗の組織の命令に背くことにもなるんじゃ……。駄目ですよ!そんなの!」
「そうなんですよ~本来なら、私も組織のために動くところなのですが……なんですかね、情でも生まれたからなのか、貴方を助けることを選んじゃったんです」
「選んじゃったんですって……そんなの、駄目ですよ!!そりゃあ、味方になってくれるのは嬉しいですが、自分の身を削ってまで助けられても嬉しくないです!!」
 あまりにも軽い口調で文が話すものだから、思わず声が悲痛になってしまっていた。しかしそれでも文は態度を変えることなく告げ続けた。
「まあまあ、私がやりたいっていってるんだから好きにやらせてくださいよ。大丈夫です。出来る限り説得してみますから……やってみたいとわからないでしょう?」
 そんなことを言われると何も言えなくなってしまった。そこまで話して、文は早苗から離れだした。
「では私はこの辺で。神社へ行くのは構いませんが、この山に長居するのは危険ですから早めに下山してくださいね」
 最後にそう言い残した次の瞬間には視界から完全に消え去っていた。相も変わらず凄まじい速さだ。心の中で文に手を振りながら、早苗は守矢神社へと向かった。



「なに……これ……」
 守矢神社へと辿り着いた早苗は、その風貌を見た瞬間に絶句した。まさしく廃墟としか言いようのない荒れ様であった。ただ単に5年の年季が入って廃れただけではなく、誰かの手によって破壊されたとしか思えなかった。
 何故なら、弾幕による流れ弾としか思えない大穴があちこちに刻まれていたからだ。
 ……ッ!
 理由は分からない。とにかく早苗は本来の目的を達成するために神社の中へと入った。
「きっと、神奈子様や諏訪子様の部屋に真実があるはず……!」
 五年前、何故神奈子と諏訪子は早苗を封印するように仕向けたのか、何故信仰は無くなってしまったのか。その謎も、今の早苗の現状に深く関わっているような気がした。
 早苗は神奈子の部屋へ入ると、箪笥、襖、クローゼット等、あらゆるところを調べた。
 すると、一冊の本が大切に仕舞われているのに気がついた。早苗はゆっくりとそれを開いて、本文を読んだ。神奈子の日記のようだが……?


 "どうしてこんなことになったんだ。
 どうして早苗に、あんな力が備わってしまったんだ。
 あのまま放置すれば、神社にある信仰が全て早苗の中に取り込まれてしまう。
 それだけではない。あの力はどんどん威力を増すばかりだ。今はまだ信仰などで済んでいるが、いずれは人間や妖怪の魂でさえも取り込み、自らの力へと変えてしまうであろう。
 悪夢の奇跡、としか言いようがない。触れるもの全てを強引に奪い去る力など、早苗が望むはずがない。何か裏があるに違いないのだが……もうあまり時間は残されていない。
 ましてや、早苗を残して消えることなど出来ない。このままでは、早苗は孤独になってしまう。私と諏訪子が離れるという意味でもそうだが……あの力が幻想郷中に知れ渡れば、幻想郷が早苗の敵になる。本当の意味で孤独になってしまうのだ。それだけは絶対に避けてやらなければ。
 ……止むを得ない。早苗には真実を伝えずに、自分の力で自分自身を封印してもらおう。これが、早苗のためだ。早苗が傷つくのは見たくない。
 これを読んでくれた者がいるのなら、早苗の為に尽くしてやって欲しい。私たちにはもう、出来ないことだから。
 すまない、早苗……本当に、すまない……。"


 早苗は、身体中の力が抜けていくのを感じ、手にしていた本はするりと抜け落ちた。そして、膝から崩れ落ちた。
 知ろうとした真実は、予想よりも遥かに穢れていた。
 大きく見開かれた眼は、焦点が合わなかった。緊張で汗が止まらない。
 信仰を奪った……?私が?いつ?分からない。それだけではない、魂までも、奪っていたのか……?
 これで繋がってしまった。五年前のあの日の神奈子らの行動も、これまで詠唱が短縮されたり奇跡の力が強まっていた訳も、幽々子の封印が解けてしまった訳も、小傘とぬえが死んでしまった訳も、八雲紫が早苗を処分しようとしていた訳も。
 何故こんな力が宿ったのか。それだけが今の早苗には分からなかった。いや、考える気にもならなかった。
 今は、魂を奪っていたという真実が早苗にとって衝撃的であったからだ。
 小傘とぬえは、魂を消し去られたのではなく、早苗の力となり同化されていたということだ。ということは、小傘とぬえだけではなく……知らない内に触れていた者もいるはずだ。
 ……今、この胸の中に何人の人間や妖怪が存在するのだ?今の私の意識は東風谷早苗本人なのか?魂が、私の中に――……
「――うぐっ……げ……」
 堪えていたものが抑えられなくなり、女の子とは思えない声とともに、こみ上げたものを一気に口から吐き出した。やがてそれが治まると、今度はたった今吐き出した嘔吐物に眼がいった。
 これは誰の嘔吐物だろうか。東風谷早苗のもの?多々良小傘のもの?封獣ぬえのもの?あるいは、知らない誰かのもの?
 誰のものだ?この生命も、この肌も、この眼も、この口も、この髪も、内臓も、流れる汗も、何もかも。本当に東風谷早苗のものなのか?
 分からない。分からない。分からない、分からない分からない分からない分からない分からない。
「ううぅぅうあああああああああぁぁぁあぁぁぁああああああああ!!!!!」
 耐えられなくなった早苗は、奇声をあげて部屋を飛び出した。
 どうして、どうして、どうしてこんなことに。私はこんなの望んでない。ただこの幻想郷で二人の神様とのんびり過ごすだけでよかったのに――どうして。
 嫌だ。嫌だ。逃げたい。どこまでも。消えてしまいたい。永遠に。
 そのまま外へ駆け抜けようとした瞬間、本殿から物音が聞こえた。思わず身を隠して覗くと、そこには……
「ぁっ……!!」
 思わず感嘆の声を上げてしまった。


 そこには、会いたくて堪らなかった二人――神奈子と諏訪子が、いたのだ。
 早苗の行いは無駄ではなかった。少しずつ信仰が集まり、二人の神様が元に戻るまでに至ったのであろう。
 それに気がついた早苗は、視界がにじみ、涙が溢れ出るのが分かった。このまま泣きつきたい。
 だが、出来ない。出来るはずもなかった。
 このまま神社に滞在すれば、また信仰を取り込んでしまう。苦労が無駄になってしまう……二人のためにも、早苗は神社から出て行き、永遠に近づかないほうが良かった。
 早苗は二人に気付かれないように、静かに音を立てずに神社を後にした――ふらつきながら、重い足取りを精一杯動かして。






To be continued…