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毅然とし、それとなく。

気まぐれでありつつ適当に書き記す。

【東方小説】東方刻奇跡 31話「ハクレイノミコ」

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 霊夢とともに上空へと躍り出た魔理沙は、そのまま霊夢に向かって近距離で弾幕を放ち、霊夢を吹き飛ばすことによって距離をとった。
 すると、霊夢は仮面の奥に潜む瞳を赤く煌めかせて魔理沙を見つめた。
「お前……一体どうしちまったんだよッ!!」
 魔理沙は表情に怒りを露わにして大声で叫ぶ。が、脳内ではひどく落ち着いて状況分析をしていた。
 うまく標的を挿げ替えることが出来たようだ。霊夢の狙いは早苗。その早苗は今動けない状態だ。私がフォローするしかない。だが。
 魔理沙はそっと自身の腹部を掌でさすった。
 あまり激しく動くとこの子……香霖との大切な二人目の子供がいなくなってしまう。最小限に動かなくてはならない。
 霊夢は無言で札を魔理沙に向けて放出してきた。それを小さく避けながら、その躊躇のない行動にこれまで自分が霊夢に対して思っていたことが馬鹿らしく思えてきた。
 それは幻想郷が紅い霧で包まれた時。
 春の訪れが遅かった時。
 永い夜が終わらなかった時。
 新たな神が幻想入りしてきた時。
 地底の奥底へと潜り込んだ時。
 宝船の噂が流れていた時。
 幻想郷中が神霊で満ち溢れた時。
 道具や弱き妖怪が暴走した時。
 数えるのも面倒なほどに、何度も、何度も、大空へと飛び立つ紅白の少女の後姿を、魔理沙は見てきた。
 見てきた分、憧れていた。その無敵とも言える少女に――楽園の素敵な巫女に。
 それなのに。
「どうして……どうしてお前は!!!」
 感情が涙とともに溢れ出てくる。滲む視界を必死に拭いながらも魔理沙弾幕を放った。
 駄目だ……!
 内心での自分が――直感がそう叫んだ気がした。しかし、分かってる、冷静になるんだと自らに言い聞かせて止まるものではなかった。
 色んな想いが錯誤して――心がぐちゃぐちゃになるようだった。
「……畜生ッ!!」
 それらを抑えきれずに、苦々しく吐き捨てるように毒づく。
 私がこんなんじゃ……早苗を支えるなんて夢のまた夢だな……。
 弾幕ごっこ――最早、ごっこ遊びと言えるものなのか分からない――をしつつも、魔理沙は自らを嘲笑した。すると霊夢は、まるで魔理沙のその様子を見かねたかのように突如弾幕を放つことをやめた。合わせて魔理沙も身構えつつも様子を見る体勢をとった。
 次に霊夢は、右手を魔理沙に向けてゆっくりと伸ばした。
 まるで誘うように、受け入れようとするように、魔理沙を呼ぶように。
 そして声が響いた。聞き慣れた気だるそうな声が普段とは打って変わった機械的な声色で。


 ――………一緒に行こう。


 寒気がした。その声は、普段とは全く違う様子でありながらこの手を取れと言わんばかりの甘く敵対心の無い声だった。
 この手を掴むとどうなるのだろうか。今の霊夢のように紫に操られて早苗の命を狙うようになってしまうのか?そんなの駄目だ。今早苗に孤独を与えてしまえば、もう救う者はいないに等しい。それだけじゃない……魔理沙の意志では無いにしろ、操られれば早苗を襲うことになってしまう。そんなこと――したくない。この手は絶対に掴まない。
 しかし。
 そんな考えとは裏腹に魔理沙は無意識に――霊夢のその様子に呼応するように片手を伸ばしていた。
 やがて二つの手は繋がった。
 繋がりを経て――そこから光が広がった。魔理沙自身が霊夢の中へ引き込まれてしまうような――そんな気がした。
 そこから魔理沙の意識は完全に途切れた。







 ここは………どこだろう。やがて意識が回復し、魔理沙はどこかに横たわっていた。
 …………暖かい。
 そんな安らかな眠りを誘う温もりを感じて魔理沙は再び眠りにつこうとしたが――陽射しが視界を覆い、それは遮られた。
 仕方なく魔理沙は上半身だけ起き上がらせて、周囲を見た。魔理沙は丁寧に布団に寝かされていたようだ。部屋は……畳がびっしりと敷かれていて、その真ん中にはちゃぶ台が置いてある……どこか既視感を感じるが……なんだったろうか。
 その疑問に魔理沙は首を傾げるが、それは次に起こった出来事によって理解した。
「ああ、起きたのね。ゆっくり眠れた?」
 襖が開く音が聞こえた。振り返るとそこには――
 ――博麗霊、夢……?
 その霊夢らしき紅白の巫女は、魔理沙が普段見ていた霊夢とはどこか雰囲気が違っていた。魔理沙の知っている霊夢は、子供っぽくて、面倒くさがり屋で、それでも頼りがいのある少女といったものであったが。今魔理沙の眼前に広がっている巫女は、大人びていて、優しそうな女性だった。
 ぽかん、と魔理沙が口を開けて呆然としているものだから、その巫女はくすりと笑った。
「どうしたの?まだ寝惚けてるのかしら。それじゃあ朝御飯用意しておくから冷めないうちに起きてくるのよ?」
 それだけ言い残して、謎の巫女は襖を閉めて部屋から立ち去った。その間も、状況整理が出来ない魔理沙は硬直していた。
 ふと、視界の隅に鏡があるのを見つけた。それを見つめた瞬間――……
 魔理沙は度肝を抜かれたかのような叫び声を上げてしまった。

 ……身体が小さくなっている!?
 それだけじゃない――服装全体がまるで霊夢……博麗の巫女を表すかのような物になっていた。
 長い黒髪、後頭部に付けられた大きな紅白のリボン、腋を強調するように露出した紅白の服、そしてスカートの中の白いドロワーズ……!間違いない!
「――なんで霊夢になってるんだあぁぁぁぁぁああああ!!?」




 驚きつつも、何も知らないまま一人で行動するのは危険だと判断した魔理沙は、とりあえず巫女の出した朝食を口にすることにした。
 その様子を微笑みながら眺めて、巫女は語りかけてきた。
「ふふ、美味しそうに食べるわね。あなたは博麗の跡継ぎになるんだから、たくさん元気つけなさいよ?」
 そんな包容力のある言葉と声色に、魔理沙は自然と顔の頬が緩むのを感じ、大きく「うん!」と返事をした。
 巫女と会話をしつつも、魔理沙は思考を巡らせていた。あくまで予想だが、この巫女は先代の博麗の巫女――もとい、先代の"博麗霊夢"なのではないのだろうか。そしてこの身体は恐らく、幼少時の霊夢
 さっき魔理沙霊夢の手を無意識にとって、この場所へとやってきた。きっと霊夢は導いてくれている。この先に霊夢がああなってしまった理由が隠されているはずなのだ。
 そして、『それ』はきっとすぐ訪れる。
 ――魔理沙の推測は当たった。
 境内のほうから足音が聞こえた気がした。それを聞いた先代巫女は、参拝客かと思ったらしく腰をあげて外へと出て行った。
 魔理沙も遅れて立ち上がり、先代巫女が出ていった玄関から境内を眺めた。
 そこにいたのは、ボロボロのコートにフードを深々と被った、いかにも外の世界から幻想入りしてきたかのような容姿をした人間がいた。背丈から考えるに、今の魔理沙と同じくらいの年端もいかない子供のようだ。
「あー、あなた?外の世界からやってきたのかしら?」
 先代巫女がゆっくりと距離を詰めながら話しかける。その声にコートの人間は反応しなかった。
 それを見た先代巫女はむっ、と顔をしかめると、更に距離を詰めてフードの中の顔を覗きこむように見た。
 今にも触れ合いそうな距離であった。
 であったが故に。
 コートの人間の懐から取り出された白く輝くものに先代巫女は気が付かなかった。
 魔理沙はそれに気付いて、叫ぼうとした。
「――――ぁ……あ、れ?」
 そのことをいくら伝えようと叫んでも、言葉が出なかった。まるで過去には干渉出来ない、と魔理沙を縛り付けながら知らしめるように。
「ッッ――!?」
 掌に掴まれたナイフは、勢いよく先代巫女の脇腹に突き刺された。いや……それだけではない。
 目にも止まらぬ速さで先代巫女の身体は引き裂かれていったのだ。全く抵抗する間もなく、先代巫女は倒れた。
「……あ…………」
 叫べない、ということもあったが、それ以前に魔理沙は声を出す気力すらも失った。呆気なさ過ぎる……こんな、こんな、簡単に……。
 そうしていると、殺人鬼――と呼ぶに相応しいだろう――は、空を斬って刃にこびり付いた血を落とした後に、魔理沙のいる方向を見た。
「ひ……!?」
 寒気がした。普段の自分からは到底推測出来ないようなか細い声が無意識に飛び出た。
 眼前には、死。
 明確な"それ"が、刻々と近づいていた。すると、先代巫女がゆっくりと動いて、うつ伏せに倒れたまま歩く殺人鬼の足を掴んだ。
「あ……んた、どこに行くつもり、よ……。そっちには……あの子が……跡継ぎになって私を超えるはずの……あの子がいるのよ!!」
 どうやら先代巫女は玄関に魔理沙がいることに気付いていないようだった。先代巫女は掴んだ手を強く握り締めて、言葉を続けた。
「あんたに言っても、しょうがない……と思う、けど……あの子は……不器用で、いたずらばかりして……でも、本当はどんなことにもめげないほど強くて……力が無くても努力をして……」
 それを聞いて、まるで自分のことのようだ、と魔理沙は思った。どうしてなのかは分からない。霊夢はしっかりと意志を受け継いでいたのかな――。
「だから!博麗の巫女に相応しい子になれるはずなのよあの子は……!!芽生えかけた種子は必ず花咲かせる……この身を犠牲にしても。進みたかったら――私を殺してからにしなさい!」
 強い意志を持った先代巫女の瞳は、どこか霊夢と似ていた。止められるならば止めたかった。なのに身体は金縛りのように動かなかった。
 殺人鬼は、ナイフを突き立てて先代巫女を無尽に切り裂いた。その間も先代巫女は殺人鬼の足を強く掴んでいたが、もう戦闘出来るような状態ではなかった。
 やがて先代巫女は、動かなくなってしまった。彼女は最期まで、殺人鬼の足から手を離すことなく、魔理沙を守り続けた。
 ……魔理沙の頬に一筋の涙が流れた。これが霊夢の過去。博麗の名には、こんなにも儚い、けれど残酷な物語があったのだ。そこを紫につけこまれて、あんな風に操られることになった……いや、違う。
 まだ解明されていない謎がある。むしろ、何も解明されていない。霊夢が伝えたいことは何だ……?この過去の物語には続きがあるのか?
 そう考えていると、殺人鬼のすぐ隣にスキマが開いた――と感じた瞬間には、そこから現れた腕が殺人鬼の首元を掴んだ。言うまでもなく、紫であった。
「外の人間風情が随分と好き勝手やってくれたようだけど……さて、どうしてやりましょうか」
 普段と同じ口調さながら、普段とは打って変わった低い声色の紫が、怒りを込めた瞳で殺人鬼を睨みつけていた。先の紫によって、深く被っていたフードは外れ、殺人鬼の顔が露わになっていた。
 魔理沙はじっと眼を凝らして、その殺人鬼の顔を確かめた。
 ――そして、大きく眼を見開いた。





 霊夢と同じ顔。
 厳密に言えば、魔理沙の知っている霊夢の顔を幼くしたような少女の顔がそこにあった。

「あ……な、なん……なんで……!?」
 今魔理沙自身のこの身体が幼少時の霊夢ではなかったのか。……冷静に考えてみれば、今朝鏡で見た自分の容姿は、服装こそ霊夢なだけで、顔が霊夢に似ているわけではなかった。
 でもそれは、幼さ故に止むを得ないことだと思って……この身体が霊夢じゃないなら、一体誰の身体なんだ、これは!?
 そもそも、どうして霊夢が殺人鬼……?!博麗の巫女なはずだろ、霊夢は!!
 魔理沙の心と思考は再び混乱した。現代の状況と今の状況が余りにも矛盾していて、整理が追いつかない。
 そんな中で、静かに殺人鬼――霊夢?――を見つめていた紫は、何かを感じ取ったように妖艶な笑みをしながら告げた。
「あなた……類稀無い逸材ね。そうね――あなたには、罪滅ぼしとして、博麗の巫女の跡継ぎになってもらおうかしら、一生」
 ―――――!?
 紫のその言葉によって、魔理沙の中で巡っていた思考は全て吹き飛んだ。まさか。そんなことが可能なのか……?
 いや、紫ならあるいは……出来る。
「ハァー……ハァー……」
 呼吸が荒くなり、身体は震え、鳥肌がざわざわと立つのを感じた。
「あなたに断る権利なんてない。記憶を操作してでも博麗の巫女を継がせるわ」
 紫は霊夢を掴んだ手とは逆の手で霊夢の額に手を当てると、霊夢は気絶した。次に紫はこっちを向いて、ゆっくりと歩いてきた。ここでようやく、霊夢が見せたいものが何たるかを理解した。
 霊夢魔理沙に"真実"を伝えたかったのだ。魔理沙を洗脳するためではなく、霊夢自身の意志で魔理沙をここに導いたのだ。
 やがて紫が眼前にまでやってくると、妖艶な笑みは少しだけ悲しそうになりつつも変わらずにいた。
「ごめんなさいね……少し事情が変わっちゃったの。あなたから"博麗の巫女の跡継ぎ"を剥奪するわ。――あるいは、そのほうが幸せかもしれないけれど」
 それだけ告げて、紫は魔理沙の額に手を当てた。その瞬間に、魔理沙は視界が真っ白になっていくとともに意識が遠のくのを感じた。
 "芽生えかけた種子"は、いとも簡単に摘み取られた。


 眼が覚めると、魔理沙は再び布団で眠っていた。先程のとは、少しだけ硬い素材のような気がした。天井も博麗神社とはまた違った――しかしどこかで見覚えのある天井だった。
「ここは…………」
 ゆっくりと布団から起きて、自分の容姿を確かめた。予想通り、服装は人里に住む子供たちが着ているものへと変化していた。
 魔理沙は襖を開けて廊下へと駆け足気味に出た。廊下にも見覚えがある。なんで、なんで。
 脳裡に過ぎる嫌な予感とともに、魔理沙は廊下を駆け抜けた。やがて鏡を見つけ――また、魔理沙は大きく眼を見開いた。
 ……そこにあったのは、金色の髪、金色の瞳の少女……幼少時の霧雨魔理沙そのものだった。
「あ……ああ……なんで……どうして……」
 鏡に映る自分の顔が驚愕と悲壮にまみれ、歪んでいくのが眼に見えた。嫌な予感が的中してしまった魔理沙は、力を失い膝から体勢が崩れた。
 ここは、霧雨家の屋敷。忘れもしない、忘れるはずがない。見覚えがあるのも当然だった。
 本来の博麗の巫女の継承者は魔理沙であり、今の博麗霊夢は、ただの外の人間で殺人鬼だった。紫によって記憶や容姿――身分や血縁までもを豹変させられてしまっていたのだ。
 これで全ての辻褄が合った。合ってしまった。
 魔理沙は、これまでこの真実を知ることなく"霧雨魔理沙"として生きてきた。だがそれは偽りだった。ならば魔理沙は一体何なのだろうか。
 不意に存在を否定されたような気分になって、魔理沙は頭を抱えて俯きながら呻いた。
 これが"真実"。これが全て。魔理沙の見つけた"真実"は、儚くも残酷であった。
 やがて周囲が暗闇に包まれて、本当に何もない空間へと変貌した。
 ただ、闇があるだけ。まるで今の霊夢の精神を表しているかのような場所だった。
 ……正面に気配を感じた。俯いているから姿をはっきり確認したわけではないが、霊夢だと確信出来た。何故なら、ここが霊夢の場所だから。
 魔理沙はそのままの体勢で、愚痴をこぼすように言葉を漏らした。
「……霊夢。お前……これを私に見せて一体どうするつもりなんだよ」
 その声は、自分でも驚くほどに震えていた。視界が滲むのを感じた。先程のような感傷から溢れた涙ではなく、遺憾の感情を堪えきれずに溢れ出した涙だった。
「これ……これが真実――お前は外の人間で、私は博麗の巫女になるはずだった。そうだっていうのか!?」
 俯き、涙をぽろぽろと零しながら叫んだ。霊夢は何も言わない。操られている故に何も言えないのかもしれない。
「私……私は……こんな残酷な真実なんて知りたくなかった……こんなことを今更知っても……余計に虚しいだけだッ!!」
 何も無い暗闇の中で、魔理沙の声だけが静かに、だがはっきりと響いていた。
 そうして静寂がやってきた。嗚咽を漏らしていた魔理沙は、やがてその悲哀と遺憾が憤りとなって迸り始めるのを感じた。
「……謝れよ」
 今度は、泣き喚くことはせずに、毅然としてはっきり言葉を発した。
「私にこれを見せたのは、操られていたからなのか、それとも自分の意志なのか。そんなのはもうどっちでもいい。ただ、今私がお前に望むことはたった一つだ」
 魔理沙は、俯いていた顔を勢い良く上げて霊夢の顔を見た。そこにいるのはやはり霊夢――仮面を付けていた霊夢だった。
 いつの間にか涙は止まり、表情は決意を露わにしていた。魔理沙はゆっくりと立ち上がり、霊夢のことを睨み付けた。
「謝れ!!勝手に人の立場を持っていって、謝罪の一つも無しだっていうのか!?おまけに今は操られている!お笑い種だな全く!!」
 魔理沙は懐からミニ八卦炉を取り出して、ゆっくりと霊夢に向けて構えた。ミニ八卦炉にエネルギーが充填されていく。
「だから……さっさと元に戻って、いつもみたいに神社で仕事サボってろよ!!この大馬鹿野郎!!!」

 ――マスタースパーク!!

 その光は、魔理沙の強い想いとともに霊夢に向かって放たれた。光は周囲をも包み、心を浄化していくようだった。
 余りの眩しさに魔理沙は眼を瞑ったが、その瞬間に、霊夢の付けている仮面にヒビが入って、割れるのが見えた。
 仮面の奥に隠されていた口元が笑っていたような気がして――
 魔理沙は眼を瞑りながら霊夢がいると思われる方向に向けて手を伸ばした。
 霊夢……!!
 身体が暖かな光に包まれていくのを感じた。
 そうして。



「ありがとう……魔理沙
 声が聞こえた。
 誰かに抱きかかえられた感触がする。魔理沙はゆっくりと瞳を開いた。
 気がつけば、周囲は神社の縁側になっていた。それだけではなく、光があった。まるで先程までの暗闇が嘘のように、地面が、空が、木々が、建物が、世界が、真っ白な光に包まれていた。
 そんな暖かい空間に戸惑いつつも、魔理沙は自身のことを抱きかかえていた人物のことを見た。
 そこには。
「ああ…………」
 紅白の服、紅白のリボン。ああ、間違いない。
 そこには――誰よりも待ち望んでいた博麗霊夢の姿があった。
 自然と涙が溢れ零れていくのが分かった。魔理沙は感極まって、霊夢のことを強く抱きしめ返した。まるでその存在をしっかりと確かめ、引き離さんとばかりに。
「お゛がえり゛……っ!!れ゛いむ゛……!!!」
 霊夢はそんな魔理沙に向けて安らかに微笑み、言葉を返した。
「うん……ごめんね、魔理沙
 その謝罪は、確かに先程まで魔理沙が望んでいたものだった。魔理沙の想いは、しっかりと霊夢に届いていたのだった。
「……ゆ゛るすっ!!!」
 魔理沙は大粒の涙を流しながら、大声でそういった。そうして抑えきれずに、声を上げて泣いた。
「――う゛わああぁあ゛ああ゛ん!!あ゛あぁぁああぁ゛あぁあ゛ああ!!」
 その様子を、霊夢はただ穏やかな表情で受け止めていた。
 やがて魔理沙が泣き止むと、二人は横に並んで縁側に腰掛けた。
「私ね」
 二人で景色を眺めている静寂が流れている中、その流れを断ち切ったのは霊夢だった。魔理沙は首だけを動かして霊夢の方向を見た。
「五年前……守矢消失異変が起こる少し前に……『博麗の巫女に退治されると良い事が起こる』っていう杞憂な噂を信じてやってきた妖怪たちで神社が溢れかえったことがあったのよ。あの時、妖怪たちを倒している時に違和感があったの。殺意の衝動みたいな……そんな黒い違和感が。妖怪たちの反応がおかしかったのも当時の私が何か違っていたからかもしれない――もしかしたらあの時の私は秘められた過去の記憶を無意識に呼び覚ましていたのかしら。わからないけれど、今なら分かるわね。私は殺人鬼だった。記憶も曖昧だけど全部蘇っているわ」
 霊夢があまりにも自虐的に話すものだから、なんだか悲しくなってくる。
「平気なのか?……紫に歪められる前のお前ってどんなのだったんだ?」
「大丈夫よ。私は。大役を任されているのに、今更放り投げるわけにもいかないでしょ。それに――外にいた頃の私は、存在価値すら無かったんだから」
 最後まで喋ったところで、霊夢の顔に影が出た。
 ボロボロのコートに、ナイフ。子供ながらも殺人鬼と呼ばれる程だから、相当なのだろう。そもそも、幻想入りしている時点で、それは一目瞭然だった。そう判断した魔理沙は、これ以上言及するのをやめた。
「……そう、か……」
 よく考えてみれば、魔理沙自身もそうだ。
 『魔理沙が霧雨家の娘だった』ということも偽りということになる。だったら母親は?父親は?……。
 魔理沙が押し黙っていると、それを見抜いた霊夢は一言発した。
「私たちは余儀なく挿げ替えを強いられたけれど、今更どうこう喚いても仕方ないわ」
 霊夢のその言葉を、魔理沙は静かに聞いていた。
「確かに今は偽りかもしれない。けれどもう、戻れない。それなら今を受け入れて、生きていきましょ――なんて、絶望して操られてた私が言えたことじゃないけどね」
 苦笑する霊夢の言葉を、魔理沙は反芻した。
 霊夢は確かに絶望して操られた。だが今こうして、克服している。魔理沙も、霊夢と同じように受け入れるべきなのだ。
 そうだ。今が楽しくないわけではない。踏みしめて、生きよう。
「さ、そろそろ行きましょ。受け入れるとは言ったけれど一度紫の顔をぶっ飛ばさないと気が済まないわ」
 言いながら、霊夢は立ち上がった。遅れて魔理沙も。
「ああ……そうだな!!」
 霊夢が微笑むとともに、魔理沙は金色の瞳を輝かせて笑った。
「行こう――早苗が待ってる」
 そして、周囲の景色は儚く掻き消えて、溢れ出た光に包まれた二人は向かった。


 ――神々が恋した幻想郷へと。





To be continued…

あとがき
大分濃厚なレイマリ回。そして作中で最も主人公である早苗が空気だった回だと思います。
もうこの話もあと数話……ラストスパートかけたいけどうまく細かいところが練れない!
なんとか更新を早められるように努力はします!
それではまたいつか。