毅然とし、それとなく。

気まぐれでありつつ適当に書き記す。

【東方小説】東方刻奇跡 25話「亡霊の姫君」

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 妖夢の元へ飛んで戻ると、妖夢は剣の柄の部分を支えにしながら前のめりになっていた。周りに妖怪はいない。恐らく紫が離脱したとともに妖怪達も戦うのをやめてどこかへ行ってしまったのだろう。
妖夢さん!大丈夫ですか?!」
 早苗は急いで駆け寄り、額に汗を浮かべて息の切れている妖夢に声をかけた。その声に反応した妖夢は俯いている顔を少し横に傾け、早苗の方を見た。すると、安心したように大きく息を吐いた。
「無事でよかったです。……急いで白玉楼へ向かいましょう。肩を持ちましょうか?」
 一難去ったとはいえ、油断は出来ない。悠長にしていればまた襲われる可能性がある。空を見ると、陽はもう完全に落ちていた。夜は危険だ。急いだほうがいい。早苗の言葉にかぶりを振った妖夢はゆっくりと体勢を持ち直し、剣を背中に仕舞った。どうやら平気なようだ。
「大丈夫よ。急ぎましょう。……幽々子様に聞かなきゃ、紫様のこと……」
 早苗はそれに頷き、二人はゆっくりと空を飛んで白玉楼へと向かった。






 空中にある結界を乗り越えて、冥界へとやってきた。その瞬間、早苗はその階段の長さに素頓狂な声を上げることになったのは、言うまでもない。
「ああ、そういえば冥界にやってくるのは初めてだったわね。幽々子様と私が異変を起こしたのは早苗が来る前だものね……」
 その言葉を聞いた早苗は、噂程度に聞いていた異変のことを思い出した――春雪異変だ。
「それなら聞いたことがあります……けれど……こんなに長い階段があるなんて聞いていませんでした……」
霊夢魔理沙はこの階段を上って幽々子様を倒しちゃったんだから。私はこの階段の途中で待ち構えて、二人と戦ったの――まあ、負けちゃったんだけどね」
 妖夢が少し困ったように微笑みながら言う言葉を、早苗は気の抜けた声でしか反応出来なかった。
 相変わらず幻想郷(この世界)は凄い。今更なのだが、これまでここで見てきた異変も、日常も、外の世界では全く見られないものだ。平凡じゃないものが、ここにある。何でもアリなんだ。
「ここで長話する訳にも行かないし、そろそろ行きましょう」
 その妖夢の言葉に、早苗は少しだけ顔をしかめた。……この階段を上るのか……。それを察したのか少し噴き出した妖夢は一言付け加えた。
「飛んでいけば階段に苦労することもないじゃないの。ほら、早く」
 早苗はそれを聞いてはっとなった。確かにそうだ。目の前の事に囚われすぎていた。妖夢に急かされた早苗はゆっくりと羽ばたき、二人は飛んで階段を一気に乗り越えた。
 白玉楼の入口に着くのにはそう時間はかからなかった。二人はゆっくりと着地し、入口の門を通り抜けようとした、その時。
妖夢ぅ~」
 どこからともかくだらしなく妖夢を呼ぶ声が聞こえた。思わず早苗は身構えたが、妖夢は手馴れた様子で呆れていた。すると、門からふわふわとゆっくり浮いて移動してくる人物がやってきた。
「もぉ~何を遊び呆けていたの?私もうお腹ペコペコなのに~」
 両手でお腹をさすりながらやってきたそれは――これまでにも宴会等々で出会ったことのある亡霊の西行寺幽々子だった。幽々子は今にも死にそう――いや、既に死んでるのだが――な顔をしていたが、妖夢の持っている荷物を見るとみるみる顔を明るくさせていった。
「わぁぁあ!美味しそう!早く作って!作って妖夢ぅ!」
 妖夢に近寄っては周囲で騒々しくする幽々子に溜め息を吐きながら、妖夢は早苗の方を振り返った。
「ごめんなさい、食事にはうるさい人だから……」
 それは一緒に宴会をしている仲だったから分かるのだが、まさかここまでとは。最初に身構えてしまった自分が恥ずかしい。
 幽々子はしばらく妖夢の周囲で騒々しくしていたが、やがてようやく早苗の存在に気付くとその動きを止めた。真顔のまま見つめてくるので、思わず早苗は息を呑んだ。もしや、悪い予感が的中してしまったか――?緊迫した時間が続いた。長いようで短かった気がするような時間の後、幽々子の表情がぱああ、と明るくなっていくのが見て取れた。
「ああ!あの守矢神社の子ね!ごめんなさいね~ちょっと前に見た時は幼かったから分からなくて。その様子だと封印は解けたのね。確か名前は、早苗だったかしら?」
 その幽々子の言葉に早苗は頷きながら内心安堵した。良かった。どうやら今回のことで紫とはコンタクトを取っていないらしい。
「買出しの途中に偶然出会ったんですよ。それで、幽々子様に聞きたいことがあるから、っていうから連れて来たんです」
「私に?一体何を聞きたいの?」
 きょとんとする幽々子を見た後に、隣に立つ妖夢を見た。妖夢が頷くのを見てから、早苗はゆっくりと口を開いた。
八雲紫について、何か知りませんか?」
 ――その瞬間、幽々子の顔から笑みが消えた。







To be continued…